課外活動なんてしょーもない
よく周りの日本人の話を聞いていると、「海外の学校は日本の学校とはレベルが違う」「海外の入試は日本の入試とは違って総合的な人間力を測れる」なんて聞くが、全然そんなことはない。
求めている能力の種類が違うだけで、入試なんて所詮はいかに自分がその能力を持っていると示せるかだ。
日本だと、簡単に言えば学力だ。問題を時間内に正確に解いたり、たくさんのものを暗記したりする能力だ。だから入試に受かるには、一日何時間も頑張って勉強してそれらの問題に慣れればいい。
海外だと、求められるのは「自分で何かを始めていくこと」「ジェンダーレスや平等など最近のトレンドにのっていること」「学びたいという意欲があること」などもう少し人間的な部分だ(もちろん試験や成績などの結果も重要だ)。だから、入試に通るためにはいかに自分がそう人間であるかを示せばいい。
ではどうすれば示せるのか?
多くの普通の受験生がやっていることなんて、こんなところだ。
Step1. 自分の趣味・特技・興味などから課外活動にしたい軸をとりあえず決める
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Step2. とりあえずチームを作る。なぜなら海外では「人をまとめて何かをする」のが評価されるからだ。自分一人で何かをやるよりも、チームがいた方が印象がいい。そしてそのチームだって、実際にたくさん協力する必要はない。とりあえず "Head of Website" とか "Head of Media" とか "Vice-President" とか適当な役職を割り振って、どこか少しでも手伝って貰えばチームということにしていい。少しでも協力してもらったらメンバーに加え、最終的に「自分はこんなにもたくさんの人をまとめました」という印象を与えられれば十分なのだ。
ちなみにチームメンバーは、女性の権利を推進する活動とかでもない限り、ジェンダーレスの観点から男性・女性の一方に偏ってはいけない。出身国も、一つの国だけではなく、できるだけたくさんの国からの人がいた方がいい。能力とは関係なく、このような「みかけ」が重要なのだ。
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Step3. とりあえずウェブサイトを作る。最近はWixというサイトで、無料でWebサイトがすぐに作れる(まあ最終的には「みかけ」のためにカスタムドメインを買うからお金はかかる場合が多いが)。もしまだ実際に活動してなかったとしても、ウェブサイトはとりあえず作る。入れるべき項目はこれらだ:
・Mission Statement (「世界を変える」「すべての若者に教育を」など自分達の目的を大げさに描いた文)
・About Us (自分達の写真と役職、簡単な自己紹介だ)
・その他内容はないけど大げさな文や印象的なフリー画像など
はい、これでプロフェッショナルなウェブサイトの完成。まだ活動は何もやっていない。でも「みかけ」は最高だ。
これで「みかけ」作りは完了だ。ここからは、少しずつ活動して行って、活動の写真などを載せたりしてよりウェブサイトのみかけをよくしていく。
これを読んで、「いやそれでも大変」と思っただろうか。もちろんこれは大変だ。大変だけど、これを頑張れば中身がなくても「みかけ」を予行することはできる。
そしてこれは日本の大学受験だって同じだ。勉強は大変だ。でも入試で受かるためには学力を上げ上げなくてはいけないから勉強をする。
日本もアメリカも、結局入試に通るために必要なことに時間を割くことになる。別にこの二つの間に優劣はない。ただ「大変」のベクトルが違うだけだ。
日本の受験勉強では覚える意味のない年号や単語などをひたすらに記憶させられ、将来使うことのないだろう難しい数学の公式を覚える。
アメリカの大学受験では、実際に社会にインパクトを与えられるわけでもない意味のない課外活動を、自分の「みかけ」のために一生懸命作り込む。
所詮受験勉強というのは大学に入るための「手段」であって、そこに意味も目的もないのだ。
だから、アメリカの学生を見てビビらないでほしいと常々思う。確かにアメリカの人たちは、自信満々に話すのが得意だし、肩書きもたくさんあるし、ウェブサイトだってプロフェッショナルに見える。でもそれは国際社会がそれを求めているからこういう能力を磨きてきただけで、中を覗いてみれば彼らが人間的に格段に優れているということはない。
ここまで書くと、僕が特段アメリカの受験生を卑下しているように捉えられなくもないが、そんなことはない。僕自身一受験生として、自分で何かを始めて活動する、というのは面白いしある意味大切だと思う。しかし、日本もアメリカも、やっていることはすべて「手段」に過ぎないから、広い視点で見ればどちらもしょーもないと言っているだけだ。
そして、(日本でもアメリカでも)「手段」としてではなく本当に目的を持って素晴らしい活動をしている高校生もいる。彼らは尊敬でしかない。ただ一般人の場合は、結局うわっぺらなことしかやっていない。だから、海外の大学を受験しようと思っている人は、変に自分は人間的にダメだとか、自分はダメな人間だとか悩まないで、必要なステップを一つずつ踏んでいって、求められている人間像にいかに近づくことができるか(そう見えるか)というゲームだとでも思って気軽に取り組めばいいと思う。
結局受験も就活も、受け入れる側の人間像にどれだけマッチしているかで成功するかが決まる。そしてその人間像に近づくという段階で、「ある能力」を持った人が有利に立つことになるし、他の人もその能力が最も大切だと思い、それを得よう努力するものだ。この「ある能力」とは、日本で言えば解答力・暗記力、海外で言えばリーダーシップ・コミュニケーション能力などになる。
だからある社会で成功するかなんて生まれた時からの運の要素が大きいし、その社会で成功していることが人間の良し悪しを決めているわけでない。
課外活動をしていると、こんなことをよく考えてしまう。

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