アメリカの大学受験は不公平 お金について



アメリカと日本の留学制度はかなり違う。

日本は、一般受験の場合は受験一発勝負。テストの解答力で全てが決まる。

アメリカは、SATやAPコース, IBコースなど (留学生ならTOEFL, IELTSも)の学力に加えて、課外活動の内容や、自分の性格を示すエッセイなども考慮に入れられる。

ぱっと見アメリカの入学審査の方が多角的に人を見ていていいと感じると思う。

実際、課外活動を重要視することで勉強だけでなく、自分の興味から実社会の活動を主体的に起こす能力、いわゆる entrepreneurship (起業家精神) を持った学生を集めることができる。

この entrepreneurship の違いは日本と海外の間では歴然としていて、実際にアメリカでは新時代を先導するするベンチャー企業が次々と立ち上がっているが、日本では過去20, 30年間の間革新的な企業は立ち上がっていない。

アメリカでは課外活動が大学受験の重要な項目になってくるから、日本の受験勉強のような意識で、中学生・高校生はボランティア活動や夏休みのインターンシップ、サマープログラムなどに精力的に取り組んでいる。

こんな日本で言う意識高い系ばかりが集まったアメリカの大学であれば、それはベンチャー企業が次々と生まれてくるのも納得だ。



「人間学力が全てじゃない、でも学力の最低ラインは持っていてほしい。その上で性格や課外活動で判断するよ」と言うアメリカの考え方はとても合理的だ。

しかし、実際に自分で受験対策をしていると、少し負の側面も見えてくる。

それは「お金」だ。

結局、サマープログラムやインターンシップをするにはお金がかかる。

留学生であれば海外受験用の塾などに入ると、とても一般家庭では払えないような金額を要求される。

アメリカ人の場合は、起業経験を得るために「企業プログラム」なるものに結構な金額を払って参加して、形だけNPOなどを立ち上げ「〇〇のCEO」と言う肩書きをとりあえず得るといった本末転倒な事態も起きているらしい。

大学受験において「本末転倒」はどの国においても起こっていると思う。

日本だって、高校生は世界ではほぼ通用しない「受験英語」に必死で取り組んでいるし、数学も実際の大学での研究や応用には本質的に関係のない「時間短縮テクニック」だとか「裏技」なるものを試験のために必死に追求している。

計算機だって将来はコンピューターに計算させる時代なんだからどんどん使わせた方がいいだろう。

要は、日本で大学に受かるには「大学受験に特化した勉強」が必要なのだ。

一方アメリカは先ほど書いたように、「とりあえずなんか企業みたいなのしとけばいいや」「生物に対する情熱をアピールできるように、夏には生物に関連したサマープログラムかインターンに参加しないと」などのように、目的から逆算した中身のない課外活動をする人が多くいる。

この場合、アメリカの大学に受かるには最終的には「お金」が必要だ。

課外活動には普通「お金」がかかる。裕福な家庭の子供は圧倒的に受験に有利だし、貧乏な家庭の子供は不利どころか大学の学費さえ払えない。

アメリカの大学は年間生活費込みで500~900万円ほどかかる(カナダは200~600万くらい)から、結局アメリカの大学というのは裕福な家庭ではないとそもそも通えもしないというふうに感じられる。



奨学金があると思う人もいるかもしれない。しかし現実そんなに甘くはない。

奨学金は申請額が大きいほど合格率が下がったり、そもそも「本当に、なければ生活が成り立たないくらい」必要でなければ申請の審査を通るかも怪しい。



幸福なことに、自分は裕福な家庭に生まれた。

お金があったから中学で一年留学にも行けた。お金があるから海外の大学を目指せる。お金があるから海外進学塾にも通えて効率的な準備ができる。

しかし両親が塾のお金を払うにあたって、とても苦労していることも知っている。

もし海外大学に進学したとしたら、自分達の生活レベルを下げてまで子供をそこに通わせることになる。

中学の時もそうだったが、留学するにあたって自分なんかのためにこんな大金を払ってもらって申し訳ないという気持ちが芽生えそうになることも少なくない。

でも、個人的には子供は感謝はするけど申し訳なさは感じては行けないと思っている。

親は自分達の意思で自分に投資してくれているわけだから、自分ができることは、申し訳ないとか筋違いなことを考える前に、素直に感謝してその金額に見合うだけの最大限の努力をすることだ。

「こいつにこれだけ払ってよかった」と思ってもらえるように努力することだ。

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